2012年03月13日

「原発いらない!3.11福島県民大集会」報告

「原発いらない!3.11福島県民大集会」報告 
3.11からちょうど1年目の特別な日。郡山市の開成山野球場には、福島県内や全国から集まった人たちでオープニング・コンサートが始まる13時頃には通路までびっしりと人で埋め尽くされた。
 集会が始まると、集まった1万6000人が固唾を飲んで発言者の話に聞き入る。これまでも集会の発言に心を動かされることは数多くあったが、この集会ほど言葉のひとつひとつが胸に突き刺さることがこれまでにあっただろうか。
 もちろん、加藤登紀子のコンサートは素晴らしく、大江健三郎の連帯の挨拶は文学者の誠実さがにじみ出る心温まるものだった。しかし、何よりも胸に響いたのは、原発事故によってそれまでの生活が一変した県民の悲痛な訴えだった。
「逃げる、逃げない」「食べる、食べない」「洗濯物を外に干す、干さない」「子どもたちにマスクをさせる、させない」あの日以来、苦しい選択を強いられる毎日、避難先との二重生活、住宅ローンの重圧がのしかかると訴えたお母さん。
 福島の農民をまるで加害者のように報道する大手マスコミ。マスコミが追求すべきは原発を推進してきた電力会社や国で、農民ではないはず。農業と原発は共存できない。必要なのは『がんばろう!日本』ではなく『変えよう!日本』だと訴えた農民。
 半年くらいたてば漁に出られると思っていたのに、いまだに漁に出ることができない。漁師の仕事は海の瓦礫の清掃ばかり。市場で夫がとってきた新鮮な魚を売る活気あふれる仕事をしたい、福島の美味しい魚をふたたび全国のみなさんに届けたいと訴えた浜通りの漁業者の妻。
 原発事故ですべてを失った。農民は避難所にいてもやることがない。高線量の場所に放っておかれ、放射能まみれの水道まで飲まされた。死の灰をまき散らしておいて放射能は無主物という。放射能は火山灰ではない、明らかに人災だ。東電と国はきちんと責任をとってください、2度と事故を起こしてはならない、風化させてはならないと訴えた飯館村の農民。
 人の命が守れないのに電力とか経済と言っている場合ではない。私たちの未来を一緒に考えていきましょうと訴えた高校生などなど。
 東日本大震災の起きた14時46分の黙祷をはさんで6人の福島県民が「原発いらない」の思いを訴えた。東京で反原発のデモに参加する人たちも「原発いらない」という気持ちは変わらないのかもしれない。しかし、福島の人たちの「原発いらない」は生命の危険と日々向き合う、命がけの叫びだ。この思いの強さはやっぱり現地に来なければわからない。
 これまで東京で反原発の運動に参加してきたつもりになっていたが、福島のお母さんや農民、漁民、高校生の悲痛な訴えに応えるにはまだまだ不十分なのだ。福島の人たちとさらに連帯を深めるには、東京での反原発の運動をもっともっと巨大なうねりにしていかなくてはならない。
(丸田 潔/フリーライター&編集者)
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posted by 新橋アクション at 08:27| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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