2012年03月18日

3・26 デモへ 

 東電の地元・新橋に、
  3・11「さよなら原発」福島県民大集会の思いを伝えたい!!
  東電をのさばらせていてはいけない!!


 県民の発言を紹介します。

相馬市で漁業を営む佐藤美恵さん 
 3月11日の巨大津波は相馬市の漁業、農業、観光業をすべてのみ込みました。私は港町に生まれ育った漁師の妻です。夫が所属する相馬双葉漁業協同組合は全国有数の規模を誇っていました。私はその日も明け方5時から市場で魚を販売し、午後、自宅に戻り、魚の加工販売の準備をしていました。その時、あの地震が起きた。長い揺れが収まると、消防車が「津波が来るから避難して下さい」と巡回しました。半信半疑で遠くを見ると、真っ黒い波が動く山のように見えたのです。やっと高台へ駆け上がりました。見えた光景はまるで地獄でした。
 その頃、弟は船を守るため命を顧みず船を沖に出した。沖で仲間たちを励まし合い、帰ってこられたのは3日後。両親は家ごと津波で流されて帰らぬ人となりました。
 漁師たちは漁に出るために魚具を一つひとつそろえてきました。しかし放射能がそれを許しません。毎週、魚のサンプリングをして、期待しては落胆の繰り返しです。
 夫たちはもう一度、漁師として働きたい。私は夫のとった魚を売る仕事がしたい。おいしかった福島の魚を全国のみなさんに届けたいのです。


飯舘村から福島市に避難している菅野哲さん
 飯舘村で高原野菜をつくっていました。原発事故ですべて失いました。飯舘村の農家は農地も牛もすべて失い、涙を流して廃業しました。もう飯舘村で農業を行うことができない。どうやって生きろというのですか?
 飯舘村は3月15日に44.7マイクロシーベルトでした。この高い放射線の中で村民は長時間、被曝させられた。誰の責任ですか?放射能まみれの水道水まで飲まされた。死の灰をまき散らしておいて「放射能は無主物だ」と言う。何ごとですか?原発事故は人災です。東京電力と国はきちんと責任を取ってください。
 美しかった飯舘村は放射能まみれで暮らせません。元のように美しい村で安心して暮らせるよう、新しい避難村を建設してください。
 原発事故を二度と繰り返してはいけません。もっと声を大きく全国に世界に訴えていきましょう。
posted by 新橋アクション at 22:46| 東京 ☁| Comment(0) | デモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。