2012年06月03日

「なかまをまもれ!被曝労働との闘い」 石井さん講演報告

【石井委員長講演】
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◎自己紹介
 今年51才。福島と茨城の県境で生まれる。何もない所なので働くところない。長男だったので国鉄に就職しろということで、1979年水戸機関区に入社。構内整備、機関助手を経て、83年常陸大子で気動車運転手。86年、国鉄分割・民営化で人材活用センター、87年売店へとばされ、93年「立ち食いそば屋」に不当配転された。売れない「そば屋」だったので閉店され、水戸運輸区に戻ってきた。運転手ではなくメンテナンスの職場だが、不当配転は22年に及んだ。

◎原発との関わり
1999年に東海原発で臨界事故(*1)の時、東海駅のベンデイングセンター(自販機にジュース詰め替える仕事)で仕事をしていた組合員がいた。サイレン(避難しろという指示)が鳴っている。職場にもどるか、どうかで助役に聞くと「職場に戻ってこなければ処分だ!」という対応。この時も助役、会社に放射能に対する知識がないと痛感した。動労水戸は、組合として東海第一原発事故の訴訟に取り組んできた。
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◎3・11東日本大震災と福島第一原発事故
 3・11の地震と津波で常磐線は、線路がガタガタになった。東電は、放射能を測らず、覆い隠していた。避難区域を解除し、「安全だ」「保障」しないために地域住民を戻す。そのために、電車を走らせろと、JR東はその先頭にたった。福島第一原発の近くを走らせ、体制の危機をのりきることが狙いだった。JR東日本の会長の大塚は、経団連の副会長だから、その先頭にたったということ。

 2011年10月、JR東日本は、緊急避難準備区域が解除になるので、久野浜駅から広野駅まで車両運行を延長すると言い出した。動労水戸は、「危険だ。やめろ」と何回も団体交渉した。会社は「政府が安全といっているから安全だ」と。広野駅に放置されていた4両編成の車両を勝田車両センターに持ってきて、検査しろと言い出した。会社は、駅の放射線量も測らなければ、もちろん車両も測定しない。「ふざけるな」と全国の中間にも訴えて、JR水戸支社に抗議の電話とファックスの応援を頼んだ。おかげで、水戸支社は電話とファックスがなりっぱなし。記者会見もやった。汚染車両の搬入前と交検前に2回のストライキをやった。

 汚染車両は、半年以上も外に放置されていたもの。検査するには、内部被爆が起きるし、地域に放射能がばらまかれる。車両の検査だけでなく、整備会社の労働者が掃除をやれと言われると教えてくれた。職場の人が怖がった。「ふざけるな、やめさせる」ということでひたちなか市役所、地域の人たちを巻き込んでストをやって、今も検査をストップさせている。

 動労水戸は、35人。勝田車両センターでは、職場全体は120でそのうち動労水戸は、13人。JR東労組(JRのご用組合)がこの問題で職場集会をやったが、「何も出来ない」といって何もやらない。その対応に「がまんできない」と東労組の若い青年が動労水戸に加入して一緒に闘うことになった。
 実は、職場の労働者はみんな反対だった。ストライキで闘いをやって、会社を「中止するしかない」というところに追い込んだ。今、会社は、放射線量を測るようになった。

 12月、原ノ町〜相馬間の運転再開。わずか4駅20キロ区間の営業を再開。車両6両を6千万かけて郡山から運んでくるという。車両の保守体制、整備をする施設もないまま営業運転を再開。一方、津波で流された宮城の線路は放置したままという、とんでもない会社がJR東日本。

 3月には、いわき−久ノ浜−広野に列車を走らせる。20代の女性車掌が泊まり勤務で10往復する。一回の乗務で積算線量が15マイクロシーベルト/毎時。機械が悪いと取り替えたが、14マイクロシーベルト/毎時。女性が「もう乗りたくない」と区長に訴えたら、「君だけ特別扱いは出来ない。わがままは許されない」と、助役が監視してついていくという。その女性は、将来、子供を作りたいと思っている。

 3月23日動労水戸は、闘うしかないとストを決断。動労水戸の裁判の日にストをやった。いわき運輸区に40人で抗議行動を展開。
 会社は、その女性に産業医をつけて「気にするな」と言い、年間被曝線量管理を拒否している。

 いわきは、現在、原発労働者の町。昔は、映画「フラガール」(*2)にもあるように、炭坑の町だったので、労働運動のさかんな町。いわきに「たたかう労働運動をつくろう」と動労水戸・平支部の組合事務所を開設した。

 3月3日には、吉本哲朗さん(北九州市・熊手町クリニック院長)の講演会で50人参加。 3月11日「原発いらない」福島県民集会に動労水戸を中心に茨城から54人で参加。
 これから反原発闘争の真価が問われる。放射能との闘いは、「騒ぐやつがおかしい」ということとの闘いになっている。いわき、郡山、水郡線の労働者とのつながりを強めていきたい。

◎なぜ、原発反対、被曝労働拒否の闘いが、爆発しないのか?
 それは、日本の労働運動がつぶすために、国労と動労を叩きつぶして、総評を解散させることが目的であった国鉄分割・民営化に勝てていないから。労働運動の側が、「国労のようになるな」「闘っても勝てない」という風潮が蔓延し、25年にもなる。

 動労水戸は、「資本とうまくやろう」、「闘っても勝てない」とは考えていなかった。最初は、動労本部も、国鉄分割・民営化には反対だった。それが、いつのまにか賛成になり、組織を守らなくてはいけない、と会社の手先になっていった。それで、分割・民営化の前に動労水戸を結成し、動労千葉や動労高崎と一緒に動労総連合、労組交流センターを作り、分割民営化に反対して闘った。
 動労水戸は、「仲間を信じる、会社はどうでもいい」という立場。現在36人。これまでやってこれたのは労働者の階級性に依拠してきたから。

 国鉄分割・民営化も区長や動労本部も反対だったが、勝てないから、立場をかえた。被曝問題も同じ。助役なんかも福島に住んでいるから、みんな反対。動労水戸は、研修・構内外注化にも2年間阻止してきた。動労水戸の組合員だから運転手に戻さないよという不当労働行為にも20年かけて闘って、会社と和解せずに裁判で勝って、職場に復帰した。

 国鉄1047名闘争は、国労だから、動労千葉だから、全動労だからと、首を切られた。ちゃんと闘えば勝てる闘い。
 
◎私たちに問われている事
 職場で、地域で、わらゆる場所で、原発反対・被曝労働反対・がれき問題について声をあげよう。
 解雇撤回、外注化反対=非正規労働撤廃に向けて、職場で闘うことだ。

 最後に、6・10国鉄全国運動集会(*3)へぜひ、結集を。国鉄闘争は、1047名解雇撤回を掲げ、25年間闘い抜かれてきたすごい闘い。絶対に勝利できる闘い。労働運動の指導部が問題。この闘争にこだわって、総括して、のりこえる闘いをやりましょう。

(*1)東海JCO臨界事故
1999 年9月30 日、午前10時35分頃、茨城県那珂郡東海村の株式会社JCO東海事業所・転換試験棟で、3人の作業員が硝酸ウラニルを製造中(バケツで混ぜていた!)、臨界事故(核分裂)が発生。3人の作業員が中性子線などで最高で20シーベルト被曝した推定される。そのうち2人は亡くなっている。JCOや国などの対応が遅れ、作業員や付近の住民多数が被曝した。
〈参考〉
「被曝治療 83日間の記録」
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65743348.html
(*2)映画「フラガール」
昭和40年、閉鎖に追い込まれた炭鉱のまち。危機的状況の中、炭鉱で働く人々はツルハシを捨て、北国のまちを常夏の楽園に変えようと立ち上がった。
監督:李相日
出演:松雪泰子豊川悦司蒼井優山崎静代(南海キャンディーズ) 富司純子
〈公式HP)
http://blog.excite.co.jp/hula-girl
(*3)6・10国鉄闘争全国運動 全国集会
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posted by 新橋アクション at 16:24| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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