2012年12月03日

12/8 もんじゅ闘争

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「もんじゅ略年表」
1967年10月 動力炉・核燃料開発事業団(動燃)設立
1983年 5月 中曽根首相が原子炉設置を許可
1985年10月 建設に着工
1991年 5月 試運転開始
1994年 4月 初臨海
1995年12月 2次冷却室からのナトリウム漏れ事故、運転停止
1998年10月 動燃解体。核燃料サイクル開発機構が発足
2005年10月 核燃料サイクル機構と日本原子力研究所が統合。
         日本原子力開発機構として再編
2010年 5月 民主党政権下で、運転開始。
      8月 原子炉容器に炉内中継装置(重さ4.3トン)が落下。運転停止。
2011年 6月 炉心中継装置の回収作業が終了

【国家戦力としてのもんじゅ、核燃サイクルの経緯】
 「当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・科学的ポテンシャル(潜在能力)は常に保持する」(69年外務省文書「わが国の外交政策大綱」)のもとに、80年代、中曽根は、「下北半島(青森県)を原子力のメッカに」と六ヶ所村への核燃料サイクル関連施設の建設を開始。また、日米原子力協定の改定に踏み込み、当面日本から輸入した核燃料を再処理してプルトニウムを保有することを米側に認めさせた。 以来、もんじゅには、2兆4千億円、現在も維持費として一日5千万円を投入している。    

【危険きわまりないもんじゅ】
 高速増殖炉は、一般的な軽水炉と比較にならにほど危険。
 炉内の反応速度は軽水炉の250倍。発熱量(単位面積あたり)は3倍以上で制御は不可能。
 冷却水には、水でなく、ナトリウムを使用する。水やコンクリートに触れるだけで爆発を起こすナトリウムが、厚さ3・5ミリの配管を500度の高温で流れ続ける危険な構造。軽水炉の300度でさえ、金属疲労を起こしているので、創造をはるかに超える危険度。

【福島第一原発事故のようねケースがもんじゅで起こった場合】
 配管が破断した瞬間にナトリウムが漏れだし、空気を反応して瞬時に火災、炎上。炉心に水をかけても爆発し、メルトダウンすれば、プルトニウムが核暴走・核爆発を起こす。
 長崎型100個分の猛毒プルトニウムが放出される。
 実用化や、試験運転さえゆるされない代物。
*プルトニウム
 1グラムで25歳喫煙男性440万人を死に至らせる。毒性が半減するのに2万4千年かかる。核兵器の材料。現在もんじゅは、炉心に1200キロつめこんでいる。


 もんじゅは、廃炉しかない。
 新橋アクションの仲間も、12月8日のもんじゅ闘争に参加します。がんばりましょう。(K)
 
posted by 新橋アクション at 12:32| 東京 ☁| Comment(0) | 集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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